仙台市議会委員 加藤和彦のHP。活動及びプロフィールなどのご紹介。

仙台復興リポート
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定例会一般質問

 
 自由民主党の加藤 和彦です。今回は東日本大震災から5年の節目を迎え、仙台市の復興に関わる諸問題に対する諸施策を検証しながら、その仕上げとポスト復興を見据える観点から新しい学校教育の考え方を提案しながら質問を展開します。
 
1これからの学校教育の振興に関する施策について
 奥山市長は「多様化、複雑化する様々な課題や事態に適切に対応していくためには、市長部局と教育委員会がお互いにその接点を意識し、焦点を当てながら共通の認識を持ち、連携を深めていく必要があります。」と述べております。これからの学校教育の振興に当たって、従来と異なった視点で考えようとしているものと受け止めております。
 
⑴論理学が抜け落ちた日本の教育
 社会状況が大きく変化する中で、子どもたちが社会の中で自立し、たくましく生き抜いていくためには、基礎的な知識や技能、思考力・判断力・表現力などの応用力、主体的に学ぼうとする学習意欲を育む必要があると指摘しております。
 私は子どもたちが学習を進める中で、さらに基礎的な知識や技能、思考力・判断力・表現力などの応用力、主体的に学ぼうとする学習意欲を育む上で必要な意見を論理的に整理し、順序づけして述べる訓練を重ねて行って「議論が苦手」から「議論が自由に出来る」子どもに成長してほしいと考えております。
 従来、明治以降の日本の近代化プロセスは「欧米列強に追いつけ追い越せ」だったので論理は関係なく、先行して出ている答えを頭から丸呑みした方が手っ取り早いのです。それで日本の教育体系から論理学は全く抜け落ちてしまったと考えても矛盾はないと考えます。
 この点について当局のご見解をお伺いします。
 
⑵教職員の資質向上の方向性
 市では、教職員が育った時代と現在では子どもたちを取り巻く社会状況や家庭環境が変化し、教職員に求められる役割が多様化、複雑化しており、実践的な指導力向上のための研修を充実させ、また教職員一人一人が自己研さんして絶えず資質、能力向上に努めるとともに学校教育に携わる者としてしっかりとした自覚の上に立って行動することが求められていると分析しております。
 情報化の急速な進展により、インターネットやスマートフォン等を通じたコミュニケーションが進む一方で、価値観やライフスタイルの多様化などにより地域社会のつながりや支え合い、人間関係の希薄化が進んでいることは当局のご指摘のとおりです。
 そこで教職員は自己確立をして社会を見る目を保持する、また先を見据えた手を打つことを身につけることが必要です。そのためには自分の活動が理にかなっているかどうか検証しながら進む考えが必要だと考えます。つまり論理性を発揮できるように研さんを積む習慣を持つことが大事だと考えます。
 この考え方は表に出る機会が少ないようですが、将来の教師像にはなくてはならない分野だと考えております。これについて当局の考えをお伺いします。
 
⑶文部科学省の10年先に向けた学習のあり方
 教職課程企画特別部会の論点整理が次のように発表されました。
 
ア 社会に開かれた教育課程
①社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよい学校教育を通じてよりよい社会づくりを目指すという理念を持ち、教育課程を介してその理念を社会と共有していくこと
②これからの社会を創りだしていく子供たちが、社会や世界に向き合い関わり合っていくために資質・能力とは何かを、教育課程において明確化していくこと
③教育課程の実施に当たって、地域の人的・物的資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図り、学校教育を学校内に閉じずに、社会と共有・連携しながら実現させること
 
イ 育成すべき資質・能力
①何を知っているか、何が出来るか(個別の知識・技能)
②知っていること、出来ることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)
③どのように社会、世界と関わり、よりよい人生を送れるか(主体性・多様性・協調性・学びに向かう力・人間性など)
 
ウ アクティブ・ラーニング
①取得・活用・探求という学習プロセスの中で、問題発見・解決を念頭に置いた深い学びの過程が実現できているかどうか
②他者との協働や外界との相互作用を通じて、自らに考えを広げ深める、対話的な学びの過程が実現できているかどうか
③子供たちが見通し持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる、主体的な学びの過程が実現できているかどうか
 
エ カリキュラム・マネジメント
①各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校の教育目標を踏まえた教科横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していくこと
②教育内容の質の向上に向けて、子どもたちの姿や地域の現状等に関する調査や各種データ等に基づき、教育課程を編成し、実施し、評価して改善を図る一連のPDCAサイクルを確立すること
③教育内容と、教育活動に必要な人的・物的資源等を、地域等の外部の資源も含めて活用しながら効果的に組み合わせること
 
10年先には全国の教育課程はこのようになると構想していますが、それで
は現在の教育課程は急速に切り替えるわけにはいかないので、段階的にしかも順序づけをしながら総合的に進めていくのが至当であろうと考えます。
 仙台市としては、「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」のバランスをよく身につけ、社会的に自立するとともに、国内外を見渡す広い視野を持ちながら、自分の夢や希望に向かって行動する力を引き出す教育が必要ですと表現しています。
 教職員については、教育のプロフェッショナルとして教科に関する高度な専門的な知識や様々な教育課題に対応する実践的指導力の力量を高め、使命感と責任感を持って子どもたちに向き合うことが出来るよう、研修の充実と自己研さんの取り組みを支援し教職員全体の資質向上を目指しますと述べています。
 私は「確かな学力」を支える問題分析は、問題の底にある課題を探ることとその捉え方を論理的に行うことにより促進されると考えており、大局的な見方にしてもその分析力が大切です。事実に立脚した証拠固めによる確信持った把握力が論理の展開に必要であることは当然です。教職員がそれを身に付けてなかったら子どもたちに求めることは難しいと考えます。
 このことについて当局の見解と今後の進む方向をお伺いします。
 
 
 
2 OECD生徒の学習到達度調査結果から将来に向けて
❶ 各分野の定義について
①数学的リテラシー(読み書きの能力)とは
 様々な文脈の中で定式化し、数学を適用し、解釈する個人の能力であり、数学的に推論し、数学的な概念・手順・事実・ツールを使って事象を記述し、説明し、予測する力を含む。これは個人が世界において数学が果たす役割を認識し、建設的で積極的、思慮深い市民に必要な確固たる基礎に基づく判断を下す助けとなるものである。
 
②読解力とは
自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参
加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考し、これに取り組む能力である。
 
③科学的リテラシーとは(個々人の次に能力に注目する)
○疑問を認識し、新しい知識を獲得し、科学的な事象を説明し、科学が関連する諸問題について証拠に基づいた結論を導き出すための科学的知識とその活用
○科学の特徴的な諸側面を人間の知識と探求の一形態として理解すること
○科学とテクノロジー(科学技術)が我々の物質的、知的、文化的環境をいかに形に作っているかを認識すること
○思慮深い一市民として、科学的な考えを持ち、科学が関連する諸問題に、自ら進んで関わること
❷ 数学的プロセスにおける日本の特徴について
○3つのカテゴリー(範疇、部門)(「定式化」「適用」「解釈」)、及び数学的な内容の4つのカテゴリー(「空間と形」「変化と関係」「量」「不確実性とデータ」)について日本の特徴は、「空間と形」の下位層は65ヵ国中少ない方から2番目だが、「量」についは日本の他のカテゴリーに比べると上位層の割合が少ない。
○読解力では日本は上位層が多く下位層が少ない。男女別では女子の方が上位の習熟度レベルの割合が多いが、参加65ヵ国すべてにおいて同様である。
❸ 科学的リテラシーの習熟度について
  日本は習熟度レベル5以上の生徒の割合が多く、レベル1以下の生徒の割合が少ない。男女別では男子の方が差が多い。
 
❹ 世界的な学習能力の見方と育成方向について
 日本の教育の偏りは論理学の欠落だと指摘してきましたが、数学の学習において習熟させる道があることをこの調査から知ることが出来ます。理詰めで考える、話をする、それを聞く能力が高まることによって欧米の教育の原点に並ぶことが出来ると考えます。ただ、それを習慣化するには相当鍛え込まなければならないことも事実であります。
 すべての教科においてこの考え方で指導の道を見直すと、感性重視から方向転換できるし、そうすべきであると考えます。「確かな学力」は従来の視点を変えることによって変質し、よりいっそう将来性の高いものになると見通しております。
 世界的な学習能力の見方と育成方向について、市の教育課題の取り上げ方と表現だけでなく見方考え方が食い違っているように見えますが、当局のご所見をお伺いします。
 
3 現場から見た新しい学習指導法の探求について
我が母校である広瀬小学校には、毎年行事等で招待を受けそのたびに感じるのは、以前と雰囲気が変わったことです。子どもたちが生き生きとして大声で挨拶するし、笑い声が絶えないこと、よく話すこと、みんな仲間であるように見えることなど。電子機器多用のような子はこのような姿には慣れないと感じます。聞くところでは、実物・事実・地域の方などを学習材として子ども自身が選び、様々な気づきを持ち合わせて話し合って更に高め合う「生活科」「総合的な学習」の授業に熱心に取り組んでいる成果だと考えます。昔の授業は先生が一方的に説明し、子どもはそれを理解して試験の成績が良ければよしとしたものですが、それを活かす道は教えなかった。こうした反省から、私は現在取り組んでいる子ども主体の学習について質問を試みたいと存じます。
 
①思考力・表現力を育てる授業づくりにたどり着いたことについて
平成21年に愛子小学校の分離開校を機に、広瀬小学校の特色を発揮した学
校の再生を目指して、子どもたちの実態や広瀬小学校の生活科・総合的な学習の時間の課題等から年々反省と検討を加え、子どもあっての授業という立場で見直し、自ら学びを拓く子ども像を築き上げたと発表した。私の目ではその練り上げ方のすばらしさに驚嘆しました。様々な助言や指導があったにせよ、教職員の皆さんの研究心に心から賛辞を捧げます。
 当然当局もその中で必要な助言をしてこられたと存じますが、その経過について当局の立場からご説明をお願いします。
 
②子ども中心の単元づくりの構想について
先ず教材と言わず学習材と呼んで立場を明確にし、子どもの思いや願いを
活かす工夫として、栽培ならば自分で育てたいと思う花や野菜を選び、育てる中で様々な体験をし活動して成長することを狙い、教師は側面援助に徹していく立場で単元を構成する。これは言うは易し行うは難しのことわざどおり、教師が変身しなければなしえない構えです。そして地域の学習材を豊富に取り入れて体験や出会いを重ねて、本物に触れながら、確かな自らを拓く学習をさせようとしていることは素晴らしいと思います。生活科・総合的な学習はそのために設けられた時間なので、その趣旨を全うしていると考えます。
 この考え方での学習の進め方を各教科に生かすことは出来ないものか、当局の立場からのご意見をお伺いします。
 
③子どもの発表・討論・結論のまとめなど言語活動を盛んにして思考力・表
現力を育てることについて
 どちらかというと日本人は話し下手で、言わぬが花と心得て以心伝心など世界では通用しない習慣を持っていて、今もそれが改善されないことを指摘されているが、なかなか改善されていない状態です。そこで一石を投じたのが子どものうちから変えていこうという発想で教育が進められていると考えます。子どものうちはよく話しますが、成長とともに無口になるという生徒が見受けられますが、いかにも言語活動の失敗が重なって生じた現象ではないかと危惧します。
 思考力・表現力を育てることを目指しても、自分で考えを論理的に整理し発表しやすい内容にまとめていく力が育たないと成長が滞る心配があります。自分たちの過去を振り返ると大きな損失があったと悔やむことがあります。これから即座に話すことだけでなく熟慮して発言する訓練も大事ではないかと考えます。一方聞き上手になる努力を積まないと他の子どもの発言の真意を受け止められないで過ごしてしまう懸念もあります。
 こうした事象について当局のご意見をお伺いします。
 
④「議論が苦手」から「議論が自由に出来る」子どもに成長させることについて
子どもたちの発表や討論を見ていると、元気よく大声で発表している方に
集まっていく傾向があり、声が大きいのは自信があるからだと思う子どもが多いのでないでしょうか。
 話し手がいれば聞き手もいるわけで、お互いに立場を交換しながら議論する習慣を築くことが必要であると考えます。そして話の内容を検討する発言が必要です。また発言していない子どもの発言を促すことも覚えなければならないと考えます。すべてのグループ員に公平に発言させ考え合って結論を得ればみんな喜んでそれを支持すると考えます。
 このことについて当局の見解をお伺いします。